4月も終わろうとしていました。春にしては強い雨が朝から降っていました。その日の夕方、もう日が暮れかかっていたときのことです。
塾帰りの仲良し3人組の女の子達がおしゃべりをしながら、公園脇の道を歩いていました。傘に打ち付ける雨の音のため、いつもより大きな声を出し、おしゃべりをしていた3人。突然、ひとりの子が足を止め、無口になりました。
「どうしたの?」
他の二人も誘われるように足を止めました。
「し〜!」
人差し指を口に当て女の子は、耳を澄ますような仕草をしました。聞こえてくるのは雨の音と「ササー」という雨道を走る車のタイヤ音。でも、そこに何か気になる音が混じっているようにも感じられます。
「なにか聞こえない」
「え?」
「うんうん、なにか聞こえる」
耳を澄ますと、どうやら公園の草むらの中から、その音は聞こえてくるようです。危ないから寄り道をしないで帰ってくるようにと、お母さんからいつもいわれています。どうしよう……3人は少しの時間考えました。でも、聞き入れば聞き入るほど、「キュ〜キュ〜」とも「ピ〜ピ〜」とも聞こえるそのかすかな音は、放ってはおけない音に聞こえるのです。
「私見てくる」
ひとりの女の子がいいます。
「私も」
「私も」
3人は公園の中に入り、音のする方向に向かいました。
「あそこだ」
ひとりの女の子が草陰を指差しました。広げられた黒い傘が見えます。
子供達は草むらへと入っていきました。長靴から伸びた子供達のすねや膝を草が濡らします。「キュ〜キュ〜」、「ピ〜ピ〜」と聞こえていたその音は、動物の鳴き声、それも赤ちゃんのものだということが、すでに女の子達にはわかっていました。
黒い傘の隙間から、段ボール箱が見えます。どうやら傘は段ボールの中が雨で濡れないように、広げられているようです。
バシャッバシャバシャ、時折草むらの上に枝を広げる木々から、雨の露が集まって落ちてきます。でも女の子達の耳にはそうした音はもはや聞こえていません。聞こえているのは、動物の赤ちゃんの声だけです。
ひとりが黒い傘の向こう側をのぞき込むように、段ボール箱の中を確認しました。
「あ、犬だ」
そこには3匹の子犬がいました。
「捨てられちゃったんだ」
「どうしよう」
女の子達は動物が大好きでした。お母さんやお父さんにこれまで、何回犬や猫を飼いたいとお願いしたことでしょう。でも毎回いわれることは
「借りているおうちだから」
「中学生になったらね」
「アレルギーがあるでしょ」
子犬が生まれてどのくらい経つのか子供達にはわかりません。うちに帰ってお母さんにお願いしている間に、死んでしまうかも知れません。
ひとりが名案を口にしました。
「動物のお医者さんに相談しよう」
女の子達は公園の近くにある動物病院に走りました。寄り道しないというお母さんのいいつけを、その日は2回も破ることになります。でも仕方がありません。事情を説明すれば、公園に立ち寄ったことも、動物病院に立ち寄ったことも、きっとお母さん達は許してくれる。
動物病院の先生はすぐに事情を理解してくれました。子供達と一緒に公園に戻り、子犬達を病院へと連れ帰りました。本来は、拾った子犬・子猫を連れてきた場合はその拾った人がその後飼い主になる、あるいは里親を責任もって見つける、という約束を取り付けます。約束が取り付けられない場合は、保健所へ連絡するようお話しします。
しかし今回のケースは、拾ったのは子供達です。お父さんやお母さんにお願いしても、責任をもって飼うなどといった約束は取れないかも知れません。保健所に連絡をした場合は、現在と違い当時は殺処分になる可能性が高くもありました。子供達がそれを知ったら、どんなに傷つくことでしょう?
「今回は病院で里親捜しをするしかないな」
獣医師はそう覚悟しました。
衰弱はしているが、どうにか持ちこたえるのではないか? 3匹の子犬達には、カラダを温めるなど適切な処置を施しました。
私の所に電話が来たのは、それから数日後のことです。
※著者コメント
プーの物語は、この「黒い傘の下で」から書き始めました。ただ書き進めるに従い、この項目だけ視点が異なることに気がつきました。他の項目はすべて、私の視点なのですが、このくだりだけ私の視点ではなかったのです。
そんなの初めから気付けって言われそうですが・・・・
そんなわけで、この項目は編集に入るその以前に、削除いたしました。